佐田清澄のすべて

I'm your bad dream

3月某日、僕は良質なタンパク源を摂った

3月某日、よく晴れた日であった。脱ぎ散らかされた服の中からしかるべきものを掴み取りリュックを背負って部屋を出る。

 

役所の人間は相変わらずイヤな感じであった。郵便局の人間は随分とよくなった。銀行の人間はサイアクだ。

最も悪という意味の最悪ではない。最果てに佇む悪なのである。「どういう意味ですか?」と質問されても一切の回答は致しかねる。

 

銀行の小鬼どもを一瞥し僕は自動ドアから下界へ抜け出した。と同時に全身に疲労、特に胃の辺りに急激な満たされない、何かを渇望するような気配を感じとった。

 

気が付くと辺りは繁華街であった。僕の胃の辺りにうずまく渇望を満たしてくれる何かは手を伸ばせばそこにある。焼き鳥?うん、悪くない。オムライス?おお、いけません、いけません。炭水化物は体に毒です。摂るなら断然、鉄分、ビタミン、カルシウム!

 

しかし僕が辿り着いたのはそう、喫茶ルノアールなのであった。中々進まない仕事を終わらせるのに喫茶店に籠る以外の方法を未だ知らないからである。ここのルノアールはいつも空いている。なぜであろう。主要駅の近くにあるというのに大体いつも希望の席(窓側、コンセントそば)に座れる。きっとここは時空の歪み、選ばれし者だけが辿り着けるバグなのであろう。

 

そういえば私は「選ばれし者」とか「特別」とか「キミは他の人間とは違う」とかそういう言葉に弱い。きっと心のどこかで自分は他人と違って才能があり選ばれし勇者で魔法が使え世の悪を倒す使命を生まれながらにして担っておりきっと最後には純金に囲まれて最高に幸せになれるに違いないと信じているからである。

『自分だけは特別だ』と信じる心を時に人は「弱さ」と呼ぶ。

 

ルノアールは客も独特、それに対応する店員もまた独特である。あまり愛想のよくない店員のことを適当にあしらってルノアールブレンド及びランチプレート2号(ベーコンチーズ&鉄板焼きハンバーグ)を頼んだ。

「鉄板焼きハンバーグ」という文字の下にポップ体で「ハニーマスタード仕立て!」と書いてある。

 

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コンセントのそばに座る私の周りにはやはりコンセント及び電力を求めてパソコン持ちたちが群をなしているのであった。奴らは大抵ひとりでひっそりとしており誰か新参者のパソコン持ちが近くに来るのを感じるとチラッと目をやり挙動はもちろん不審である。そして各々の武器つまりはパソコンの銘柄はどこであろうと厭らしく横目をふんだんに駆使するのである。リンゴのマークが目についた途端イヤな顔をし、Panasonicのロゴを見つければ軽蔑し、Asusの文字を確認するや否やわずかな親近感を覚えるのである。しかしそれらの感情を表にあらわすことは滅多になく、すみやかに各々の作業に戻りやがて無言で去って行く。

 

ベーコンチーズ&鉄板焼きハンバーグをほおばる姿を怪しい男(リンゴ持ち)にずっと見られていることなどもちろん気づいていた。今の私にはそんなこと関係ない。重要なのはまさに目の前に佇むタンパク源。タンパクが私に呼びかけているのだ。「はやくお前の身体の中へ入りたい」そして私の身体もタンパクを渇望している。呼応しているのである。

 

タンパクはやがて私の血となり肉となり四肢を動かすエネルギーになり、ヒンケツ気味の身体にもわずかな活気が戻る。ヒンケツとは勿論貧しい血のことであり臀部のことではなく、臀部のほうのケツは悔しいくらい豊かに肉がついている。

 

わたしの腹が満たされ脳内に快物質が流れるころ窓の外に見える陽の光は多少の翳りを帯び、しかし街の住民の往来はとどまることを知らず、怪しい男はリンゴのパソコンをカバンに入れて去って行き、わたしは仕事にも手をつけずくだらぬ日記を書き始めるのであった。